ても医者は医者だよ、医者は医者だが薬箱持たぬ」
 医者には違いないらしいが酔っていることは確かでありました。酔っていてもなんでも医者でありさえすれば、急病人にとっては渡りに舟であります。行きかけた老人は、幸いここで見てもらおうか、どうしようかと暫らく思案の体《てい》であったが、すぐに立戻って、
「急病人でございますが、ちょっと見ていただきたいもので」
「おっと承知、さあ、病人をここへ出したり出したり」
 通りかけた老人も初めはなんだか薄気味悪く思ったようでしたが、道庵先生が至って気軽でその上に酔っていると見たものですから、安心したものと見えて、背にかけた小男をそこへ卸《おろ》します。
「何だい、病気は」
「へえ……あの、癲癇《てんかん》でございます」
「癲癇? どれどれ、おや、まだ子供だな、いやそうでもない、大人かな、そうでもない、年寄みたようでもある、おかしな野郎だな」
 道庵先生は、裸体《はだか》で気絶している小男の身体に眼を擦《す》りつけて一通り見て、
「冗談《じょうだん》じゃねえ、こんな癲癇があるものかい、これは打身《うちみ》だ」
「ええ……」
「高いところから落っこったんだい
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