もと》に吹き込んだもんだから、眼がさめて大きな欠伸《あくび》をしました。見ると、一人の老人らしいのが小さな男を背中に引っかけて、しきりに道庵先生にお詫びをする。
「お怪我《けが》はございませんでしたか、ついこの通り病人を抱えておりますものでございますから」
「別に怪我もねえが、ずいぶん驚いたよ」
「どうも相済みません」
 老人はお詫びを言って、道庵先生をとりなして、あえぎあえぎ向うへ行こうとするのを、
「おい、待った待った」
 道庵先生が呼び止めました。
「何か御用でございますか」
「今お前さんは、病人を抱えていると言いなすったな、病人をつれてどこへ行くんだい」「へい、あの、お医者様のところまで……」
「お医者様? お医者様ならここにいる、ここにいる」
「へえ……」
「お医者様ならここに一人いるよ、ごく安いのが一人いるよ」
 まだまだ先生も、決して酔が醒《さ》めてはいないのでした。
 小男を背中へ引っかけた老人は、暗い中から透《すか》して見ると、なるほどその人は茶筅頭《ちゃせんあたま》をして、お医者さんの恰好《かっこう》をしているから、
「あなた様はお医者様でございますか」
「こう見え
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