ところへ、それがとうとうたらりと流れ込むので、先生の好い心持を、またもう一層よい心持にして、ついにそのままグッスリと夢に入ってしまいました。
暫くすると、このせっかくの好い心持になっていた道庵先生が、
「ア、痛ッ」
いやというほど頭を蹴飛《けと》ばされてしまったものです。
十八文で有頂天《うちょうてん》になっていた先生も、頭を蹴飛ばされればやはり痛いから、痛ッと言ってみたが、頭を抑えるのも気が利かないと見えて、申しわけに痛いと言っただけでまた眠ってしまおうとすると、その上へどさり[#「どさり」に傍点]と折重なった者がありました。いくら道庵先生でも踏んだり蹴ったりでは黙っていられない。
「誰だ、誰だ」
周章《あわて》て跳《は》ね起きると、
「どうも相済みません、どうか御免なすって」
折重なって倒れかかった人は、低い声をして丁寧に道庵先生にお詫《わ》びを申します。
「気をつけて歩きねえ」
「どうか御免なすって」
暗い中を通りかかって、ふと道庵先生の身体に躓《つまず》いて倒れたものと見えました。おりからの夢を破られて、道庵先生の酔いも少し薄らいでいたところへ、夜の河風が襟元《えり
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