ざいません」
 仙公は往来の人へしきりに言いわけをして、
「先生、こんなところへ寝込んじゃあ困りますねえ、なんとかして下さい、仙公をかわいそうだと思うなら起きてやって下さい、もし先生」
「ムニャムニャムニャ」

         十六

 二階で見ていた切髪の女、それは伝馬町の旗本神尾の先代の愛妾お絹であります。お絹はお松を養って、今の神尾の家へ奉公に出した妻恋坂のお花のお師匠《ししょう》さんであります。
 お絹は今、按摩《あんま》に肩を揉ませながら、
「按摩さん、あの間《あい》の山《やま》のお玉とやらの詮議《せんぎ》は、どうなりました」
「へえ、あの一件でございますか、あれはあなた、捉《つか》まりましてございます」
「エエ、捉まった? あの備前屋とやらで賊を働いた女の子が」
「いいえ、お玉の方はどこへ逃げたやら行方知れずでございますが、それと相棒《あいぼう》の米友《よねとも》という奴が大湊《おおみなと》の浜で捉まりましたそうでございます」
「米友というのは、このあいだ竿《さお》を振り廻して古市の町を荒した網受けの小さな男だね」
「エエ、そうでございます、それが大湊の浜辺へ海から泳ぎ着
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