せました。
「十八文! いやですねえ」
「こいつ[#「こいつ」に傍点]も話せねえ」
「みっともないから、そんな物を持って歩くのをおよしなさい」
「それでもこの野郎が持って歩きたいというから、わざわざ持って歩かせるのさ、この野郎は仙公といって……」
「先生、よけいなことを言わなくてもいいじゃありませんか、早く行きましょう」
「さあ行こう」
 仙公は女の手前、道庵先生がどんなことを喋《しゃべ》り出すか危険でたまらないから、袖を引っぱって早く連れ出そうとしました。
「あばよ」
 道庵は二階の美人を振向く。
「待っていますから、早く行っていらっしゃい」
 仙公に担《かつ》がれるようにして道庵はようやく小田橋のところへ来ると、橋の袂《たもと》へ寄っかかって好い気持に寝込んでしまいました。
「おや、先生、こんなところへ眠ってしまっちゃいけませんねえ、おやおや、もうグウグウ鼾《いびき》をかいている」
 道を通る人は行倒《ゆきだお》れではないかと思って覗いて行くから仙公はきまりを悪がって、いくら起しても起きようとはしません。
「酔っぱらうといつでもこれなんですからやりきれません、決して怪しいものじゃご
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