《はやろ》でもって、矢を射るようにこの若山丸の船腹近く漕ぎつけて来た一隻の伝馬は、篝火《かがり》もなし、提灯もなし、ほとんど船の人も気がつかないでいるうちに、この船の腹のところへすうっと漕ぎつけたのでありました。
「おーい、船頭の助蔵どんはいるかい」
「うむ、俺をお呼びなさるは誰だえ」
「船大工の与兵衛だ」
「おお、与兵衛どんか」
「大急ぎで頼みてえことがある、通してもらいてえ」
「合点だ、それ梯子《はしご》を下ろしてあげろ」
船大工の与兵衛|老爺《おやじ》とこの船の船頭の助蔵とは、入魂《じっこん》の間柄《あいだがら》と見えました。
船へ上って来た与兵衛は、助蔵の耳に口、
「助蔵どん、なんにも言わずに人を預かってもれえてえのだ」
岩まで行って見たけれども、お松はそこで兵馬に会うことができませんでした。
船番の人に言伝《ことづて》があって、帰るつもりであったけれども、山田の町にもう少し足を止める必要が起ったから帰れぬとのこと。それを聞いてお松は安心をして、元船へ帰るべくまた舟を漕ぎ戻してもらいました。
十五
山田の町を道庵《どうあん》先生が、今お伴《とも
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