って上げろ」
「よし来た」
水手《かこ》の勝が威勢よく返事をしました。お松は伝馬に乗って岸へ行くために通《かよ》い口《ぐち》から出直して、伝馬に乗るべく元船《もとふね》を下りて行きました。その後で船頭、親仁《おやじ》、水手《かこ》、舵手《かじとり》らが、
「なるほど、宇治山田の町ではこのごろ火の用心が厳《きび》しいということだ、山へ逃げ込んだ悪者が火をつけに来るといって、廻状《かいじょう》で用心していたっけ、ことによるとその火つけの悪者でも追い込んだかな」
「そうかも知れねえ」
「待て待て、汐合《しおあい》の水門《みなと》から伝馬が一|艘《そう》、無提灯でこっちへ来るようだぞ」
「お松さんの舟じゃあるめえな。エーと、宇津木様の舟が帰って来たのだろう」
「そうだろう」
「材木場を取捲《とりま》いた提灯が一度に海辺へ出たぞ、海へ何か抛《ほう》りこむ音がするようだ」
「海へ逃がしちゃあ、ちっと捕りにくいな、水が利《き》く奴だと陸より海の方がよほど逃げいいから」
「やれやれ、御用提灯をつけた舟が二三ばい漕ぎ出したぞ」
「こりゃあ、向う岸の火事で済ましちゃいられなくなりそうだ」
この時、早櫓
前へ
次へ
全148ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング