》を一人つれてのこのこと歩いています。道庵先生とだけでは、この土地の人にはよくわかるまいが、下谷《したや》の長者町へ行って十八文の先生といえば誰にもわかるのであります。
「先生、お薬礼《やくれい》はいくら差上げたらよろしゅうございましょう」と聞くと、「あ、十八文置いて行きな」と答える、それで十八文の先生、一名、安いお医者さんで有名なのであります。この十八文のためには、与八と組打ちまでした騒動があるのであります。お松なんぞもこの先生のお蔭で命を取留めたのでありました。その道庵先生が一僕を召連れて、ほくほくと伊勢参りなんぞと洒落《しゃれ》込んだのであります。
「仙公、今夜どこへ泊るべえな」
道庵はお伴を振返って酒臭い息を吹きかけました。道庵先生が酒臭い息を吹きかけているから天下が泰平なのであります。
「そうですな、千束屋《ちづかや》か牛車楼《ぎゅうしゃろう》あたりへドンナものでげす」
お伴の仙公は額を叩く。仙公という男は江戸から道庵先生がつれて来た、野幇間《のだいこ》とまではいかない代物《しろもの》であります。道庵先生はこの仙公がお気に入りというわけでもなんでもなく、伊勢参りに出かけた
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