十四
その前の晩、大湊《おおみなと》へ碇《いかり》を卸《おろ》した十六|反《たん》の船がありました。船の上から大湊の陸の方をながめて物思わしげに立っているのはお松でありました。
宮川と汐合川《しおあいがわ》の流れ出したところが長く洲《す》になっていました。大湊の町の町並は点《とも》しつらねた人家の灯《ひ》で丁字形《ていじがた》になっていました。それをとびとびに一里半ゆくと、宇治山田の町が灯に明るいのであります。
小林の船倉《ふなぐら》から東の方へ突き出した洲崎《すさき》には材木場の大きな建物が見えています。町は明るいのに船倉と材木場の方は真暗です。
大湊は船を造《こしら》えるところであり、またそれを修理するところであるから、ここに泊っている船は、この船とばかりは限らない。
入江の方から帆柱が林のように立っている間をおりおり小舟が往来するのを、お松はそれにいちいち眼をつけていました。
お松はこうして兵馬の帰りを待っているのでした。兵馬は大神宮へ参拝するといって船を下りたまま、まだ帰らないのです。
「おやおや、宇治山田の方から、提灯《ちょうちん》のようなものがたくさん飛
前へ
次へ
全148ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング