を立てた様子もないし、腹を立てようとしている様子もありませんが、こう火影から覗《のぞ》いて見ると、どうもなんとなくこの世の人ではないような気がします。蝋のように冷たく光る白い面の色、水色がかった紋のない着流し、胡坐《あぐら》を組んで、一方を向いたまま身動きさえしないでいると、その人の身体のどこからか腥《なまぐさ》い風が吹き出して水のように流れる。そうすると、お玉はゾッと水をかけられたようになって、ああこの人には生霊《いきりょう》か死霊《しりょう》がついている、怖《こわ》い人、いやな人、呪《のろ》わしい人、その思いが一時にこみ上げて、
「帰りましょう、お暇《いとま》を致しましょう」
座に堪えられないほど凄《すご》くなりましたから、与兵衛が迎えに来るのも来ないのも考えておられずに、お玉は立ちかけますと、
「まあ待ってくれ」
竜之助は静かに呼びとめる。魔物に後ろ髪を引き戻されるように、お玉は立ち竦《すく》んで、
「何か御用でございますか」
後ろを振向くと、竜之助は手さぐりにして自分の膝のまわりを撫でて、長い刀を引き寄せて、
「せっかくお使をしてくれた、なんぞお礼をしたいが、見られる通り
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