うございます」
「怖ろしいことはない」
竜之助は、また首垂《うなだ》れて酒を飲み出す。怖ろしさから傍へ寄ったお松の化粧《けしょう》の香りが紛《ぷん》としてその酒の中に散る。竜之助は我知らず面を上げると、ややあちら向きになっていたお松の、首筋から頬へかけて肉附よく真白なのに、血の色と紅《べに》の色とが通《かよ》って、それに髪の毛がほつれて軽く揺《ゆら》いでいる。
自分の膝には、お松の手が置かれてある――竜之助はそれを見る。涸《か》れ果てた泉に甘露《かんろ》が湧く。竜之助も前にはお浜をこうして見て、心を戦《おのの》かしたこともあった。
「おお怖い」
お松は、はじめて自分の所在を知った、その身はあまりに近く、その手が竜之助の膝の上にまであったのに気がついて、きまりが悪い――あわてて身を縮めた時に、竜之助が燃えるような眼をして、自分を見据えていたのでかっ[#「かっ」に傍点]としました。
「お前はいくつになる」
「いいえ」
お松は、つかぬ返事をする。
「静かになったな」
「あれ、また何か!」
お松は、床の間の方を見る。
「ナニ!」
竜之助は猪口《ちょく》を取落した。
お松がいま言う
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