の前の小事から謀《はかりごと》が破れるわ」
「それもそうじゃ」
芹沢はしぶしぶと身を起し、
「とは言え、この女、油断がならぬ」
「お斬り捨てなさい」
こともなげに隣室《となり》から走る一語、お松の骨を刺す冷たさがある。
「斬り捨てるほどの代物《しろもの》でもない」
「然らば拙者が預かろう、貴殿は早く同志を沙汰《さた》して、ずいぶん抜かりのないように。なんにしても相手が相手だ」
「では、この女、しばし君に預ける」
「いかにも、預かり申す」
「大事に扱え、これはソノ、御雪が妹分じゃ、無茶なことをしてはならんぞ」
「ともかくも拙者が、よきように預かる」
「そうか」
芹沢は残り惜しそうな面《かお》をして、お松を隣室に抛《ほう》り込んで、自分はこの場を外《はず》して行く。
「これ女」
お松を預かった人は沈んだ声。
「はい」
「おまえは誰かに頼まれて、この隣室《となり》へ来たか」
「いいえ、誰にも頼まれたのではござんせぬ、席の騒がしいのに上気して、気を休めようと思いまして」
「何はしかれ、我々が密談の席へ近寄ったが不運じゃ、わしが赦《ゆる》すまで、ここにおれ」
「はい、決して一言《ひとこと
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