げる音、サワサワと鳴る袴《はかま》の音。
 一旦立ち上った芹沢は、
「今いう御雪というのは、素敵な美人じゃ、近藤を片づけたら、君に取持とう、君も女房が死んで淋しかろうからな」
 怖ろしい人々である。どうやら近藤勇を殺し、兵馬を殺し、近藤の思い者、御雪太夫を横取りする……お松はこの上もない恐ろしい相談を聞いてしまった。
 幸か不幸か、芹沢はお松が潜《ひそ》んでいた方の襖《ふすま》を颯《さっ》とあける。
「誰だ、そこにいるのは!」
「はい、私でござります」
 お松は逃げ場を失ってしまった。
「何をしている」
「あの、つい気分が悪いので、ここで息を休めておりました」
 芹沢は、近寄って、
「お松ではないか」
「はい」
「うむ」
 芹沢は思案して、跪《ひざまず》いているお松の手をとって、
「拙者と一緒に来い」
「まだ、あの、お座敷の方に用事がありますから」
「用事があってもよい、一緒に来い」
 お松は、手をとられて、羽掻締《はがいじ》めのような形。芹沢は左の手に刀、右の小脇に軽々とお松を抱えて、
「聞いたな」
「いえ、なんにも」
「聞いてもよいわ、お前ならば聞かれても大事ない」
「どうぞ、御免
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