わず身が固くなる。しかもその話の主《ぬし》の一人は、さいぜん自分を呼びつけた芹沢鴨のようです。
「それから、吉田氏」
というのは、やっぱり芹沢鴨に相違ない。お松は次の間の私々話《ひそひそばなし》をいやでも立聞きしなければ済まないことになったので、息を殺していると芹沢は、
「いよいよ近藤を片づけたら、次には君に引出物《ひきでもの》がある」
「引出物とは何だ」
「兵馬の首だ、宇津木兵馬の首を拙者が手で取ってやる」
「兵馬――なんの」
 芹沢でない一人は、冷やかに言い切った。
「君は兵馬を小倅《こせがれ》と侮《あなど》っているが、なかなかそうでないぞ、あれほどに腕の立つ奴は、新撰組にも幾人とない」
「…………」
「始終、君をつけ覘《ねら》っている、兵馬一人ある以上は、君の身は危ない」
「今、どこにいる」
「つい、この近いところにいる」
 広間の方で哄《どっ》と喊声《かんせい》が起る。ここで二人の私話《ささやき》は紛《まぎ》れて聞えなかったが、暫くして、
「よし、やがて合図をする、相手が相手だからずいぶん抜からず」
 芹沢はこう言って席を立とうとするらしい。
「念には及ばぬ」
 やがて、刀を提
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