ば食わしてやる」
「済みましねえ、それじゃ、よばれに行くことにすべえ」
「江戸の土産話《みやげばなし》でも聞かせてくれ」
「それから方丈様、いつか教えてもらった地蔵様の歌、あのつづきを教えておくんなさいまし」
「和讃《わさん》かい、あれも教えてやるよ、どこまで覚えたか忘れやしまいね」
「忘れるものか、十にも足らぬみどり[#「みどり」に傍点]子が、というところまでだ」
「そうか、お前の覚え込みの悪いのには閉口だが、覚え込むと忘れないだけが感心だ」
 海蔵寺の東妙《とうみょう》という坊さんは、気の軽い、仕事のまめな方丈様で、与八とは大の仲よしです。
「与八、弾正殿の三年忌になるで、早いものだなあ」
「そうだなあ、大先生《おおせんせい》が死んでから、もう三年も経《た》つかなあ」
「わしも、碁敵《ごがたき》が一人減って淋しいや、しかしまあ仕方がねえ。時に、あの倅殿《せがれどの》にも困ったものだて」
「若先生か」
「竜之助め、今どこにいることだか」
と言って話をするうちに寺へ着く。

 東妙和尚は、広い庭の真中に植えられた大きな枝垂桜《しだれざくら》の下の日当りのよいところに筵《むしろ》を敷いて
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