。
「壬生じゃ、壬生から来た」
「ようお越しやす」
仲居は、直ぐに迎えに出たが、いい顔をしなかった。
井村、溝部は刀を提げたまま、横柄《おうへい》に座敷へ通る。揚屋へは刀禁制であるが、壬生といえば刀のまま上る。井村は、大胡坐《おおあぐら》をかいて、酒を命じ、芸子《げいこ》と太夫《たゆう》を呼びにやる。
命を奉じて仲居は出て行ったけれども、暫く姿を見せず、実は蔭でおぞけ[#「おぞけ」に傍点]を振い、なるべくこの連中の座へは遠のいているわけです。
井村と溝部とは、盛んに呑む。兵馬は少し離れて、二人の様子を見ながら坐っていると、よその座敷で頻《しき》りに三味や歌の声、時々、調子はずれの詩吟が交《まじ》る。
この時、井村はわざとらしく眉をひそめて、
「喧《やかま》しい国侍《くにざむらい》ども、殺風景《さっぷうけい》な歌ばかり歌いおるわ……そもそも、島原の投節《なげぶし》、新町のまがき節、江戸の継節《つぎぶし》、これを三都の三名物という。今時《いまどき》は投節を面白く歌うて聞かせる芸子もなければ、それを聞いて欣《よろこ》ぶ客もない。あんなガサツな流行唄《はやりうた》や、突拍子《とっぴょ
前へ
次へ
全121ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング