を置いてどこぞへ」
「そうだ、これから直ぐに旅に出にゃならねえ。お前をつれると、お前のために悪いから、当分このままで辛抱してくれ」
「まあ、どうしたものでしょう、おじさん何か悪いことをなすったの」
「いや、あとでわかる、こうしている間も危ないのだ。そんならお松、ずいぶん身体を大事にしてな」
「わたしはどうしたらよいでしょう」
「ナニ、心配するな。親方にも太夫さんにもよろしく……だが、わしが来たとは決して誰にも言うではないぞ、お役人のようなのが来ても黙っていなさい。あの身受けの金は、持っているが今は出せない……」
 通りで夜番の音がする。
「お松、よいか。ナニ、近いうちきっと来る」
 こう言って、七兵衛は屋根と屋根とを蝗《いなご》のように飛び越えて行ってしまいました。

         十二

 はじめて廓《くるわ》の大門を潜《くぐ》ってみた兵馬の眼には、見る物、聞く物、みな異様の感じです。井村、溝部らは、揚々と行くにひきかえて、兵馬は、一足進むごとに息がつまりそうに思う。ついには堪《こら》えられなくなって引返そうとしたが、我慢《がまん》して、そのあとをついて行くと角屋《すみや》へ入る
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