ふっつり」に傍点]見失った。小間物屋は歯噛《はが》みをした。
 引返した小間物屋は、また島原の廓《くるわ》の中へ身を現わします。
 逃がしたのは残念だが、見当《けんとう》のついたのは喜ばしい。
 山崎譲は、何か独《ひと》り合点《がてん》をしながら木津屋の暖簾《のれん》の前へ来てみる。
 ここの御雪太夫と近藤勇との仲は山崎もよく知っている。何か思いついて、
「こんにちは、御免下さいまし」
「あい」
 嬉しそうに駈け出して来て、小間物屋の姿を見て、急に気落ちがしたように、
「何御用」
といったのはお松です。
「小間物屋でございます」
「小間物屋さん? 少しお待ちなさい」
と言って引込んだお松の後ろを山崎は見送っている。

 お松は七兵衛の来るのを待ちに待っているけれども、七兵衛は影を見せない。
 出口の柳まで、日に幾度《いくたび》も出て見た。家の前でする足音は、みな、七兵衛ではないかと思って駈け出して見たけれども、あれも、これも、その人ではなかった。
 今夜寝て起きれば、明日は三日目。明日こそお松は、ここをつれられて帰る約束の日……いろいろと想像してその夜は眠れずに待っている。
 もう丑《
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