山崎は深く考え込んでしまった。
「待て、俺に少し考えがある」
 この時に、山崎の頭にポーッと現われたのは、昨夜、一ぜん飯屋で飲み合った関東の者という不思議な旅人。向うでも変だと思ったらしいが、こちらでも解《げ》せないと思って別れた――平間と山崎とは友人で、山崎は、常にさまざまに変装をして、諸国浪士の動静をさぐるに妙を得ている。

         十一

 その翌朝になって、七兵衛はちょっとした羽織を引っかけて草履穿《ぞうりば》きで、小風呂敷を腋《わき》にかかえて、島原へやって来ました。大門《おおもん》を入って、道筋《どうすじ》を左に曲ろうとすると、ふいと向うからやって来て、おたがいに面《かお》を見合せたのは、昨夜、一ぜん飯屋で杯を取交《とりかわ》した小間物屋です。
「気味の悪い奴が来たな」
 七兵衛は、なんとなく気が置けて、面を外《そ》らして通り過ぎ、木津屋の前に立って見ると、つい先の路地にかの小間物屋は、さあらぬ体《てい》でこちらを窺《うかが》っています。
 よって七兵衛は、わざとそこを通り過ごして、揚屋町の方へ曲ろうとすると、件《くだん》の小間物屋がソロソロと引返して、どうや
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