味が悪い」
平間は非常に苦しそうな息をついて、
「俺は腹を切る、友達甲斐《ともだちがい》に介錯《かいしゃく》を頼む」
「ナニ、腹を切る?」
「うむ、腹を切る」
「よし、切るだけのことがあれば切れ、介錯もしてやろう、だがその仔細《しさい》がわからぬ、それを聞いた上で」
「まず、一通り聞いてくれ」
「聞くとも」
「昨夜、井上と碁を打った」
「うむ」
「夜明けまで打って、それから今のさきまで寝た」
「うむ」
「起きて見ると、金がない」
「金が――盗まれたか」
「碁を打つ前にかぞえて納めた小箪笥《こだんす》の中、三百両の不足じゃ」
「怪《け》しからん、詮議《せんぎ》をしたか」
「さあ、その詮議がむつかしい。あれからこの室にいたは拙者と井上、これを騒ぎ出せば井上が承知すまい」
「うむ、もとより井上は盗みをするような男でない」
「で、ほかならぬ新撰組へ盗賊が入ったとあっては、一統の恥」
「そう言えば、そうじゃ」
「そこで、拙者一人が罪を被《き》る」
「うむ」
「島原通いの金に困って、預かりの金を費《つか》い果した、その申しわけに腹を切る――隊中へはそのように披露《ひろう》する」
「なるほど――」
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