申しましたならそれはそれは怖ろしいことで、御用心なされぬといけませぬ」
「盗賊が――」
「左様でござります、なんにしても乱世でござりますから、盗賊も大袈裟《おおげさ》で、掛矢《かけや》の大槌《おおづち》を以て戸を表から押破って乱入致し、軍用金を出せ、軍用金を出せと嚇《おど》しますとやら」
「うむ」
「そのほか辻斬《つじぎり》は流行《はや》る、女の子は手込《てごめ》にされる、京都《みやこ》へ近いこのあたりでも、ほんとに気が気ではありませぬ」
「うむ」
「あれまあ、人が見えます、駕籠が二挺、あれが昨夜の若夫婦でありましょう。お武家様、ごらんあそばせ、まあ、おかわいそうに」
 欄干《てすり》の間から外の方を覗《のぞ》いていた女中の声が慌《あわ》ただしい。

         三

 今の京都は怖ろしいところ。
 それは女中どもに聞くまでもなく、竜之助は好んでそこへ行くのである。いま京都に群がる幾万の武士《さむらい》、それを大別すれば、佐幕と勤王。
 徳川を擁護《ようご》するのと、それを倒そうとするのとが、天子|在《おわ》すところで揉《も》み合っている――その間に絡《から》まるのが攘夷《じょう
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