んとしてありました、昨晩のうちに認《したた》めておいたものと見えて、お室の床の間に二通並べてありました」
「遺書にはなんと書いてあった」
「お役人衆がおいでになり、手前共主人も立合いまして、封を切って見ますると、お二人は、夫婦ではないのだそうでござります」
「夫婦ではない……」
「はい、親戚同士とか、いとこ同士とか申すので。それにはいろいろの縁が絡《から》んでいるというのでございますよ。女のお方は伊勢の亀山にお実家《うち》がおありなさるとやら。どうも、ただの色恋ばかりではないらしゅうございます」
 竜之助が食事を終っても、女中は調子に乗って話し込んでしまいます。
「その遺書の中には、男の方のお妹さんが都の島原へお売られなすったとやら。御承知でもございましょう、島原は色町でござりまする」
「うむ」
「それをたいそう悲しんで、家のつぶれたのは不運と諦《あきら》めもするが、妹の身が不憫《ふびん》じゃと、それを細々《こまごま》と書いてお詫《わ》びに致してありましたそうな」
「うむ」
「お家は相当の大家なそうにござりますけれど、盗賊に入られましたのが不運のもとで……お武家様、このごろ、都の盗賊と
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