「それは知っている」
「その御夫婦づれが、心中をなさいました」
「心中を……」
「はい、吾妻《あずま》川の湖《みずうみ》へ出ますところで、二人とも、しっかり抱き合い身を投げたのを、今朝の暗いうちに、倉屋敷の船頭衆が見つけまして大騒ぎになりました」
「うむ――」
「宅の方は、昨晩、三井寺あたりまで参ると申し、五ツ過ぎに、連れ合いしてお出かけになりましたが……それっきり。心配しておりますと、吾妻岸に身投げがあったとの噂で、男衆が駈けつけて見ますれば、案《あん》の定《じょう》、宅のお客様でござりました」
「うむ――」
「お医者様を呼んで、お手当をしていただきましたけれども、すっかり息が絶えておしまいなすったのでございます」
「うむ」
「ともかく、宅でお引取り申すことになり、検死を受けまして、やがてこれへお連れ申すはずでございます」
「不憫《ふびん》なことをしたな」
「ほんとに、おかわいそうでございますよ、まだお若いのに、なんという無分別《むふんべつ》でございましょう」
「どこの人じゃ」
「宿帳には、京都三条|下《さが》る……何とか書いておいででござんした。おお、あの、遺書《かきおき》もちゃ
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