わしの生国《しょうごく》まで見抜きなさるお前さんは――」
「わしかね、わしも実は関東さ、常州水戸……ではない土浦生れが流れ流れて、花の都で女子供を相手にこんな商売をしていますよ。失礼、一献《ひとつ》」
 猪口《ちょく》を差出した手を見ると、竹刀《しない》だこ[#「だこ」に傍点]。七兵衛なにげなくそれを受けて、
「これはこれは」

 小間物屋は七兵衛と一献《いっこん》を取交《とりかわ》して出て行ってしまったあとで、七兵衛はようやく飯を食いはじめながら、
「親方、その南部屋敷てえのは、いったい何だね」
「南部屋敷というのは、その壬生のお地蔵様の前にある大きなお邸、いま浪人衆が集まっておいでなさるあれでございます」
「お地蔵様の前……」
「黒い御門があるでございます」
「なるほど」
 七兵衛が目星《めぼし》をつけておいたのはその邸。
「で、その浪人衆というのは」
「近ごろ関東からお上りになりました新撰組と申しまして、つまり、このごろ諸国から上って参る浪人をつかまえる浪人衆でございます」
「浪人をつかまえる浪人?」
「でございますから、肩ひじの、こんなに張った、腕っ節の、こんなに太い、豪傑揃《
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