兵衛駕籠が乗り込むというものさ」
「そうですかな」
親方は感心したような顔をしながら銚子《ちょうし》を持って来る。
「爺さん、やっぱり、鰻《うなぎ》がいいね」
小間物屋は、グビリグビリとはじめて、親方との話が途切《とぎ》れると面《かお》を七兵衛の方へ持って来て、
「少し曇ってきたようですね」
「そうですか、晴れていましたがね」
七兵衛と小間物屋と話のきっかけ[#「きっかけ」に傍点]が出来る。
「降るようなこともなかろうが、いったい京は、江戸よりも天気が変りっぽいようですな」
「そうですかな、わしは京は、初めてでございまして」
「失礼ながら関東はどちらで」
冒頭《のっけ》に関東と言い出されたので、七兵衛は小間物屋の面を見ながら、
「武州でございます」
「そうでござんしょう、お言葉と言い、御様子と言い、武州もお江戸近く、次第によったら甲州筋……どうでござんすな」
七兵衛は再び、この男の面を見直します。どうも眼つきが小間物屋にしては強過ぎる、関東の者か上方の者か、そのくらいの区別は誰にもつくが、江戸近く、甲州筋、そこまではちと念がいる。
「よく当りました、八王子でござります。して、
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