らいの振合《ふりあ》いをした嬢様がある。七兵衛はお松の侍女時代を知らなかったから、その変ったことに目を驚かす。
「久しいことでございました」
 お松はハラハラと涙。
「大きくなったなあ、美しいものになったなあ」
 七兵衛の眼もなんとなしに潤《うるお》うてきます。
「もう、この世ではお眼にかかれないかと思いました」
「ばかなことを言うな……なんの百里や二百里の道」
 七兵衛も悲しくなる、お松も悲しくなる。
 七兵衛の足では、百里や二百里の道はなんでもないが、お松の身が、この百里を隔てた西の都に来るまでには、容易ならぬ行路の悩みがある。
 お松は、しばらく袂を面《かお》に押し当てたまま、しゃくり上げていましたが、
「いつ、こちらへお着きになりまして」
「今日来たよ」
「ようここが知れましたなあ」
「うむ、ちょっとしたひっかかりで聞き込んだから、直ぐに飛んで来た。来て見れば、お前の身の上も、思ったより無事で、こうすんなり[#「すんなり」に傍点]会えようとは思わなかった。そうして、わしは、お前をつれて江戸へ帰るつもりで来るには……来たが……今も、ここでおちおち考えてみれば、帰ったとてお前の頼《
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