張り交ぜてある。昔からこの地の名ある太夫の寄せ書を集めたものであろうと、七兵衛は、その和歌の二つ三つを読んでみましたが、自分には読み抜けないのが大分あります。七兵衛は教育を受けられなかった人間で、自分一個の器用で手紙の文字や触書《ふれがき》の解釈ぐらいは人並み以上にやってのけるが、悲しいことには、こんな優《みや》びやかな文字を見ると、男でありながらと、ひそかに額の汗を拭いて感心したり慚《は》じ入ったり。
九
木津屋の一間で、七兵衛は手枕《てまくら》で横になり、朋輩衆と嵐山の方へ行ったというお松の帰りを待っています。
いま会って、一通りの話をした御雪太夫の面影《おもかげ》を思い返して、道中で見た時とは違い物々しい飾りを取りはずし、広くて赤い襟《えり》のかかった打掛《うちかけ》に、華美《はで》やかな襦袢《じゅばん》や、黒い胴ぬきや、紋縮緬《もんちりめん》かなにかの二つ折りの帯を巻いて前掛のような赤帯を締めて、濃い化粧のままで紅《べに》をさした唇、鉄漿《かね》をつけた歯並《はなみ》の間から洩るる京言葉の優しさ、年の頃はお松より二つも上か知らん、お松とは姉妹《きょうだ
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