様ある打掛《うちかけ》、黒く塗ったる高下駄《たかげた》に緋天鵞絨《ひびろうど》の鼻緒《はなお》すげたるを穿《は》いて、目のさめるばかりの太夫が、引舟《ひきふね》を一人、禿《かむろ》を一人、だんだら染めの六尺帯を背に結んだ下男に長柄《ながえ》の傘を後ろから差しかけさせて、悠々として練って来ましたから七兵衛は、こちらの遊女屋の軒下《のきした》に立ってその道中の有様を物珍らしと見ていますと、右の一行が、木津屋の暖簾《のれん》の中へ入ってしまい、そのあとから男が二人、黒塗りの長持のような大きな箱を担ぎ込むところまで見ておりましたが、その箱の一方は、将棋《しょうぎ》の駒の形をした木札《きふだ》があって、それに「御雪」と記されたのを見る。
「もしもし、それへおいでのお客さん」
 梅の花の振袖《ふりそで》を着た小さな禿《かむろ》、ちょこちょこと走り出て呼び止めますから、七兵衛は振返りました。
「私でござんすか」
「はい、あの太夫さんが、お前に会いたいと申しまする、お入りなさい」
「それは有難う存じまする」

 七兵衛が通された部屋には、古色を帯びた銀襖《ぎんぶすま》があって、それには色紙《しきし》が
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