る……それからあの、ただいま、太夫様に会うには会うようにして会えとおっしゃいましたが、それはどう致したらよろしゅうございましょう」
「それは、こんなところでなく、あちらに宏大《こうだい》な揚屋というものや、お茶屋さんというものがありますから、そこで聞いてごらん」
「関東から上ったばかりでございますから、トンと何もかも存じませぬ、失礼を致しました。それでは、もう一応あちらで聞き直しました上で、また後刻お伺い致しまする」
 こう言って、七兵衛は丁寧にお辞儀をして木津屋の前をいったん立ち去ろうとすると、道筋を、こちらへ、揚屋から帰る太夫の一行があります。
 太夫の道中も島原がはじめ。道中とは太夫が館《やかた》と揚屋との間を歩く間のこと。
 ずっと昔は毎月二十一日に、後には年に両度、その後は年に一度、四月の二十一日、真行草《しんぎょうそう》の三つの品の中、真の道中は新艘《しんぞう》の出る時、そうしてこれは、最も普通の意味における道中、太夫が館と揚屋を歩くだけのこと。
 霞《かすみ》にさした十二本の簪《かんざし》、松に雪輪《ゆきわ》の刺繍《ぬいとり》の帯を前に結び下げて、花吹雪《はなふぶき》の模
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