な想像が全く破れる。涙ながらに「日本色里の総本家」という昔の誇りを弔《とむろ》うて、「中《なか》の町《ちょう》」「中堂寺《ちゅうどうじ》」「太夫町《たゆうまち》」「揚屋町《あげやまち》」「下《しも》の町《ちょう》」など、一通りその隅々まで見て歩くのはまだ優しい人で、「ナンダつまらない」その名前倒れを露出《むきだし》にしながら、とにかくここで第一の旧家といわれる角屋《すみや》の前に足をとどめてみても、御多分《ごたぶん》に洩れぬ古くて汚ない構えである。侮《あなど》り切っていきなり玄関から応接を頼むと、東京では成島柳北《なるしまりゅうほく》時代に現われた柳橋《やなぎばし》の年増芸者《としまげいしゃ》のようなのが出て来て、「御紹介のないお客さまは」と、極《きわ》めてしとやかに御辞退を申し上げる。
 これは、物に慣れない遊子に対する特殊の待遇ではなく、もし血気に逸《はや》る半可通《はんかつう》が新式の自動車を駆《か》り催して正面から乗りつけて行っても、「御紹介のないお客様は」の一点張りで、その来る者の、自動車であろうと、金鎖《きんぐさり》であろうと、パナマ帽であろうと更に驚かないのですから、ここ
前へ 次へ
全121ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング