ョッとしたようでしたが、苦笑《にがわら》いをして、
「宇津木君か」
「井村君、君にちょっと尋ねたいことがある」
「何だ」
「近頃、君の方の手で女を取調べたことがあるか」
「知らん」
 知らんというけれども、井村の言いぶりが狼狽《ろうばい》している。
 新徴組には芹沢派と近藤派とがある。両派の暗闘は容易なものではない。宇津木兵馬はどちらかと言えば近藤派で、芹沢の人物を好いてはいない、それに机竜之助を芹沢が隠しているということを聞いているから、今は芹沢が的《まと》のようになっている。
 兵馬は、これから一層、芹沢の一挙一動に注目することに決心し、今日も夕方、かの井村と、も一人の新参浪士をつれて芹沢が屋敷を出かけたのを、兵馬はそっとあとをつけて行きます。
 彼らは本国寺の寺中《てらうち》へ入って行くから、兵馬は寺の門を潜《くぐ》らず、しばらく遠のいて、門の中を見張っていると、ほどなく井村と新参の浪士と二人は面の相好《そうごう》を崩して門を出て来ましたが、彼等は壬生へは引返さないで、本願寺裏手の方を四辺《あたり》憚らず笑い興じながら島原口まで来ました。
 これからは田圃《たんぼ》――五六丁を隔
前へ 次へ
全121ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング