ててその田圃の中に一|廓《かく》、島原|傾城町《けいせいまち》の歓楽の灯《ひ》は赤く燃えております。
「やあ、あの灯《ひ》を見ると胸が躍《おど》るわ。しかし我々共の楽しみは罪が浅い、隊長のはなかなか罪が深いのう」
 井村のこの声がひとしお大きく田圃の中で響き渡ると、
「アハハハハ」
 ふたり声を合せた高笑いで、あとはまた断続してよく聞き取れない。新参の浪人がふいと後ろを振返り、
「誰か来るようじゃ」
 井村の耳に囁《ささや》くと、歩みをとどめて、
「うむ、足音がする」
 島原から一貫町《いっかんまち》までは人家がない、人が来れば見通しがつく。
「島原通いであろう、一番、嚇《おど》してみようか」
 人を嚇してみるにはよいところ、朱雀野《すざくの》の真只中《まっただなか》、近来ここでは追剥《おいはぎ》と辻斬《つじぎり》とが流行《はや》る、遊客は非常な警戒をした上でなければ通らないところです。
 兵馬は二人の立ち止まったところへ押しかけて、
「ちょっと物をお尋ね申す、壬生の地蔵へはどう参りましょうな」
「ナニ、壬生の地蔵へ――」
「壬生の地蔵寺から南部屋敷の方へは?」
「南部屋敷を尋ねらるる
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