る。近藤が言い出したら、これは是非の余裕がないことを知っていますから、兵馬は黙って控えている。
 勇は筋骨質の人です、頬の骨は磐石《ばんじゃく》の如くに固く、額は剛鉄《あらがね》を張ったように強く、その間から光る眼玉に、どうかすると非常な優しみがあるが、少し機嫌《きげん》の悪い時は、正面《まとも》には見ていられない険しさ、ほとんど獰悪《どうあく》の色が現われてきます。もし誰か勇に会って、獰悪な眼の光を浴びせられたものがあるならば、その翌日の朝になると、その人は、必ずどこかの辻《つじ》に、二つになって斃《たお》れているのが例であります。兵馬はいま、勇が少しくその機嫌を損じていることを認めます。勇の怒りの怖るべきことをも知っています。しかしながら自分に疚《やま》しいことはない――今は弁解しても駄目であるが、おのずから事情のわかる時がある、事情がわかれば勇の気象《きしょう》はカラリと晴れる。そのことをよく呑み込んでいるので、
「心得ました、いかにも夜歩きは差控《さしひか》えます」
「よし」
 兵馬は、これで自分の詰所《つめしょ》の方へ帰って来ます。
 井戸側のところへ来ると、新撰組隊士が二人
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