りに愛《め》でて不祥《ふしょう》するわ。時に貴殿のは」
竜之助の武蔵太郎、これも如法《にょほう》に見納めて、
「切れそうだ、だいぶ血を嘗《な》めとるな」
「今日も一つ、嘗め損《そこの》うた」
「それはこっちの言うことじゃ」
二人は面を見合って笑う。壮士のは、明けっ放しの笑い方、竜之助のは苦笑い。
「なんにせよ、二つの獲物《えもの》を取って押えたのは俺《わし》が棒の手柄」
商人体の変人は、座敷の隅の棒を横目で見ながら言い出すと、壮士は、
「あれは何だ、不思議な棒だな」
「このごろ大阪の相撲どもが、毛唐《けとう》の足払いと名づけて拵《こさ》えよる、それを一本貰うて来た」
「ドレ、見てやる」
壮士は、立ってその棒をさげて来た――これは力士小野川が水戸烈公の差図《さしず》により、次第によらば攘夷《じょうい》のさきがけのためとて、弟子どもに持たせた樫の角棒。
うちとけて三人は飲み合って、最初になすべきはずのを、いざ別るる時になって名乗り合ってみると、壮士の言うには、
「拙者は薩州の田中新兵衛」
田中新兵衛は飄然《ひょうぜん》として、どこへか行ってしまった。
あとに残ったのは竜之助
前へ
次へ
全121ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング