相撲《すもう》ならば四ツに組んだので、水を入れ手がない以上は、取り疲れて、死ぬまで組む。力限りの争いかと見れば、意外にも今度は、目に見えないほどずつ竜之助の太刀先が進む。進み、進むと、壮士は脂汗《あぶらあせ》をタラタラと、再び中段にしてジリジリと退く。その退くこと五分なれば、竜之助の進むことも五分、一寸なれば一寸。
音もなく飛んだ刀は壮士の小鬢《こびん》をかすめて、再び刃の音の立つ時、壮士は鳥の如く後ろへ飛び退《さが》る、竜之助は透《すか》さずそれを追いかける、受けて、また後ろへ飛ぶ途端に、無残や大の男は、石に躓《つまず》いて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と横ざまに倒れる――この時まで壮士は足駄《あしだ》を穿いていたものです。倒れたものを、起しも立てず拝み討ち――誰が見ても、この運命はもうきまった、倒れたのが斬られる、倒れないのが斬る(事実は必ずしもそうであるまいが)――その決勝点で邪魔が入ったというのは、かの棒を持っていた変人が、
「待った!」
りゅうりゅうと片手で振った樫《かし》の棒に、仲裁無用の定規《おきて》を破らせたことであります。
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