でありましょう。月にかがやく刃《やいば》の色、星にきらめく兜《かぶと》の光などは、殺気を包むに充分の景情があります。ここには、人と人との血気、剣と剣との殺気、それが全くむきだしに、青天白日、八百万《やおよろず》の神の照覧ましますところにおいて行わるるのであります。ことに、竜之助を知って、その面《かお》の刻々の変化――変化と見えざる変化を見分ける人があるならば、何者とも知れず、来《きた》って八万四千の毛孔を揺《ゆす》って行くとや疑うであろう。
この立合をながめていたもののなかに、一人の物好きがあります。最初は抜からぬ顔で人の後ろに立っていたが、ジリジリと一足前へ、二足前へ、余の連中が一寸二寸と後ろへさがる間に、この男のみは知らず知らず前へ出て行くので、水が流れて岩がおのずから進むように見えます。
「仲裁無用」かの松の樹の貼札《はりふだ》の下まで来て突っ立って、じっとこの果し合いを見ている。脚絆《きゃはん》足袋《たび》草鞋《わらじ》、菅笠《すげがさ》は背中に、武士ではないがマンザラ町人でもない――手に四尺五寸ほどある樫《かし》で出来た金剛杖《こんごうづえ》まがいのものをついていました。
前へ
次へ
全121ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング