八《ばち》かの初太刀《しょだち》を入れてみる。当れば血を吸い骨を啖《くら》うことを好む刃《やいば》と刃とでは、そうはいかない。
壮士は上段の刀を振りかぶったなりで、頻《しき》りに気合と恫喝とを試みて竜之助の陣形を覗《うかご》うているが、その静かなること林の如く、冷やかなること水の如しです。打ち込んだら、こっちのどこかへ来る。それがどこへ来るか、さっぱり見当《けんとう》がつかぬ、浅く来るか深く来るかさえ見当がわからないのです。
時節がら人の通りが少ないといっても、名にし負う京と大阪とへの追分に近いところ、
「あれ、喧嘩《けんか》があるそうな」
「武家と武家との争闘《いさかい》じゃ」
「おお、抜きましたぜ」
「抜いた、抜いた」
「長い刀やな」
「あれ、危ない」
気の弱いものには、真剣勝負は見ていられない、袖で面《おもて》を蔽《おお》うて急いで通り去るのが尋常の人です。怖いもの見たさの連中のみ遠巻きにして――それとても息を凝《こ》らして、片足は逃げられるように、スワというとき腰を抜かさずに走れるだけの胆力を持ったものに限るのです。
白昼、白刃《しらは》の立合は、おそらく凄いものの頂上
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