の余沫《とばしり》を冷やかに壮士の面《かお》に投げる。壮士も剛胆なもので、従容自若《しょうようじじゃく》として懐中から紙を取り出して、
「後日のために一札《いっさつ》を立て置きたい、筆はないか」
 竜之助は黙って、矢立を出して壮士に授けます。筆の尖《さき》を口で噛んで、壮士は紙に大きく書き出したのは、
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仲裁無用
果し合い
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 味なことをやる。
 なんにしても、ここは往還に近い。刃《やいば》の音を聞いて駈けつける者のなかには、よけいなお節介《せっかい》が飛び出さんとも限らぬ、この札を立てて、あらかじめ予防線を引いて、一方が一方を片附けるか、双方ともに仆《たお》れるかまで、無名の師《いくさ》をやり通そうという準備であろう。とにかく物慣れた仕業《しわざ》である。
 竜之助は冷然として、その書き終るを見ていると、壮士はその紙を持って前後を見廻したが、傍《かたえ》に大きな松の樹がある、小柄《こづか》を抜いてその一端を突きさして、あとの隅《すみ》を克明《こくめい》に松脂《まつやに》で押える。
「いざ、お仕度《したく》召されい」
「心得
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