》が枯野の中に横へ飛び退《の》いて、離るることまさに三間です。

         四

 飛び退いた時に、双方ともに刀の柄《つか》に手がかかって、そして何も言わず、睨み合いです。刀は共に未《いま》だ抜かず。竜之助は、この大胆なる壮士の挙動をものものしと思った。この俺を、大菩薩の頂《いただき》で老巡礼に遭《あ》わせたと同じ運命に逢わそうとは片腹痛い。
 蒼白い皮膚の色に真珠のような光を見せて、切れの長い眼は、すーっと一文字に冴《さ》える。人を斬らんずる時の竜之助の表情はいつもこれです。
「薩州|鍛冶《かじ》の焼刃《やきば》をお目にかけようか」
 壮士は、大の眼で竜之助を睨めながら、かの四尺もあらん刀の柄を丁《ちょう》と打つ。
「篤《とく》と拝見致そう」
 まだ双方ともに抜かなかった。
「待て、待て、ちと歯ごたえのある勝負がしてみたいわ」
 かの壮士は竜之助の気勢を見てかえって喜んだ。腕に覚えがあればこそ、刀の抜きばえのある相手と見込んだものでしょう。
「ゆっくりと果《はた》し合《あ》い――それは至極《しごく》面白そうだ」
 竜之助は、微笑を以て言下に果し合いの申込みを引受けて、その微笑
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