藩でござるな」
「浪人者でござる」
「して、いずれの藩の御浪人」
「生れついての浪人でござる」
「生れついての浪人――」
 壮士は、鼻の先に少しく冷笑を浮べて、
「武芸修行でござるかの」
「左様でござる」
「武芸は剣道か、槍術《そうじゅつ》か……ただしは」
「剣道でござる」
「剣道は何の流儀を究《きわ》めなさるな」
 壮士は突込んで竜之助に問いかけるので、竜之助はこれをうるさがります。
「貴殿の御流儀から承わりたい」
「いかにも。拙者はまず自源流を学び申した」
「自源流?」
「関東にはお聞き及びもござるまいが、薩州伊王ヶ滝の自源坊より瀬戸口|備前守《びぜんのかみ》が精妙を伝えし誉れの太刀筋《たちすじ》」
「いや、かねてより承知してござる」
 剣道の話のみは、竜之助の気をそそる唯一《ゆいつ》のものです。
「して、貴殿は鹿児島の御藩でござるか」
「いかにも。以前は島津の家中、今は天下の素浪人《すろうにん》」
「左様でこざるか。薩州は聞ゆる武勇の国、高名のお話なども多いことでござろう」
「薩摩武士《さつまぶし》の高名が知りたくば――」
 ハッと思うまに、密着《くっつ》いていた二人の身《からだ
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