え、御遠慮なく」
「なるほど」
 七兵衛はこの刀を抜いて、しばらく眺めていましたが、
「はてな」
 首を捻《ひね》って、
「親方、目釘《めくぎ》を外してもいいかね」
「どうか、よくお調べなすって」
 七兵衛は目釘を外して、柄《つか》を取払い、その切ってある銘《めい》を調べて見ると、
「武蔵太郎安国――待てよ、こいつはおかしいぞ」
 七兵衛は思う、備前物や相州物の類《たぐい》であらば、この辺を通る人でも差して歩くに不思議はないが、あまり知られていない武蔵太郎あたりを、この辺で差して歩く人があったとは思いがけない。
「親方、この刀を差していた人というのは、どんな風《なり》をした人だったかね」
「左様でございます、破落戸《ならずもの》か、賭博打《ばくちうち》のような人体《にんてい》でもあり、口の利き方はお武家でございました、大方、浪人の食詰め者でございましょう」
 七兵衛は、さっきから思い当ることがあるから、刀を見つめながら主人に問う、
「年の頃は?」
「左様、三十四五」
「面《かお》つきは?」
「月代《さかやき》が生えて、色が蒼白くて、眼が長く切れて」
「それだ!」
 七兵衛は、その人を尋
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