ります。竜之助はそれを読むには読んだが腹がすいています。当時の志士の血を湧かした尊王とか攘夷とかいうことはあまり竜之助には響かない。この時は、また例の事を好む壮士どもが、悪戯《いたずら》をしたとぐらいに考えて、それよりは腹の減ったことが、著《いちじる》しくこたえてきます。
どこぞで飯を食おう。しかし懐中《ふところ》が甚だ淋しい――立派な飯屋へは入れない。何か食わねばならん。町を少し行くと饅頭屋。黒崎というところから出た名代《なだい》の女夫饅頭《めおとまんじゅう》、「黒崎といへども白き肌と肌、合せて味《うま》い女夫まんぢゆう」と狂歌が看板に書いて出してある、この店へ入って行った竜之助。
蒸籠《せいろう》を下ろして、蒸したてのホヤホヤと煙の立つのを、餓《う》えた腹で見た竜之助は、飛びついて頬ばりたいほどに思う。ああ、さもしい! 自分ながら抑《おさ》えていたのは束《つか》の間《ま》、黒い盆の上に山と盛って出された時、夢中でその盆を平げてまた一盆。渋茶の茶碗を下に置いて、
「亭主、いくらになる」
「へえ、有難うござります、百と五十いただきます」
百五十と言われて竜之助はハタと当惑する、懐
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