るは何故《なぜ》であろう。わけのわからない話であるが、竜之助は、このことを苦にする。
 大和国八木の宿。
 東は桜井より初瀬にいたる街道、南は岡寺、高取、吉野等への道すじ、西は高田より竹の内、当麻《たいま》への街道、北は田原本《たわらもと》より奈良|郡山《こおりやま》へ、四方十字の要路で、町の真中に札の辻がある。
 竜之助は西から来て、この札の辻の前へ立った――この札の辻の傍《かたわら》には大きな井戸があって、四方《あたり》には宿屋が軒を並べている。さしも客を争う宿引《やどひき》も、ナゼか竜之助の姿を見てはあまり呼び留めようともしない、これはまだ日脚《ひあし》の高いせいばかりではあるまい。竜之助は仰いで高札《こうさつ》を見る。
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  「檄《げき》
此回《このたび》外夷御親征のため、不日南都へ行幸の上御軍議あるべきにつき、その節御召に応じて忠義を励むべき……」
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 これが書出しで、本文は大分長い。竜之助は読み下してみると、それは御親征について忠勇の士を募集するという檄文《げきぶん》で、誰が出したともわからないが、ただ「天忠組」とのみ署名してあ
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