あれから刀を抜いて……さてあの小女《こおんな》はどうした。間毎間毎を荒《あば》れ廻って、そうして庭へ下りた、大勢に囲まれた、幾人か切ったに相違ない、血もついている、それから鉄砲という声が聞えたようだ、それを聞くと庭の大きな松の樹にかけ上った、飛び下りたのは内か外か、それから闇を駈けて駈け廻った――竜之助は今や正気に復して、昨夜来のことを朧《おぼ》ろに辿《たど》って行ってみると、さあ、芹沢との約束だ!
遅い、遅い、もう夜明けだ、芹沢との合図はまるで滅茶滅茶。
「やむを得ん、是非がない」
竜之助は呟《つぶや》いた。ともかくも夜の明けぬうちに何とかせねば――幸い、ここは人目に遠いところではあるけれど、このなり[#「なり」に傍点]ではどこへも行けない。
向うから人が来るようだ。
この篠藪《ささやぶ》の裏は堤《どて》、それを伝うて人の草履《ぞうり》の音が聞える。
竜之助は、その人を待っている。
その人は提灯を持っていたけれども、夜明け間近の空で灯《ひ》は入れていなかった。
「もし」
竜之助は篠藪をかき分けて、のたり出ながら言葉をかける。
「はい」
通る人の声は慄《ふる》える。
「
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