会津侯へは、昨夜盗賊が入って、そのために芹沢が殺されたと届けた。これも滑稽な話で、新撰組の屯所《とんしょ》へ入る盗賊があると思うのも、あったと届けるのも、共に虫のよい骨頂《こっちょう》であるが、表面はそれで通った。
 新撰組の内訌《ないこう》もこれで片がついて、芹沢の子分は二三人、姿をくらました者もあった。勘定方の平間重助なども逃げてしまったが、大体は大した変りなく、その全権は近藤勇の手に帰《き》して、土方歳三はその副将となる。近藤勇が京の地を震《ふる》わすのはこれから。

         十六

 夜明《よあ》け烏《がらす》の声と暁の風とで、ふと気がついた机竜之助は、自分の身が、とある小川の流れに近く、篠藪《ささやぶ》の中に横たわっていることを知った。それでも刀だけは手から離さず、着物は破れ裂けて、土足には突傷かすり傷。
「ああ」
 起き返ろうとしたが節々《ふしぶし》が痛い、じっとしていれば昏々《こんこん》として眠くなる、小川の縁《ふち》へのた[#「のた」に傍点]って行って水を一口飲んで、やっと気が定まる。
 どうして、こんなところへ。ああ、あれからあれ、あれまでは確かであった。
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