。
「これ、お梅」
藤堂平助は慄《ふる》えていたお梅の襟髪《えりがみ》を取って、
「よく見ておけ、これが見納めだ、貴様の可愛ゆい殿御《とのご》の最期《さいご》のざまはこれだ」
「どうぞお免《ゆる》し下さい」
「しかし美《い》い女だな」
「芹沢が迷うだけのものはある」
藤堂と沖田とは面《かお》を見合せて、土方と近藤との方に眼を向ける。助けようか殺そうかとの懸念《けねん》。近藤勇は首を縦に振らなかった。
沖田は女の弱腰《よわごし》を丁《ちょう》と蹴《け》る。
「あれ――」
振りかぶった刀の下に、お梅は肩先から乳の下にかけてザックと一太刀、虚空《こくう》を掴んで仰《の》けぞると息は脆《もろ》くも絶えた。
芹沢の屍骸《しがい》の上には、夜眼《よめ》にも白くお梅の身《からだ》が共に冷たくなって折り重なっている。
近藤勇をはじめ四人は、そのままにしておいてこの場を引上げた。
滑稽《こっけい》なことはその翌日、壬生寺《みぶでら》で、昨夜殺された芹沢鴨の葬式があったが、その施主《せしゅ》が近藤勇であったこと。勇は平気な面をして、自分が先に立って焼香もすれば人の悼辞《くやみ》も受ける。
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