げ出した。近藤勇は、それを見たけれど、見のがす。
「おお、汝《おの》れは土方だな」
重傷の中から、芹沢鴨は黒装束の一人を土方歳三と認める。大方その軽妙な身の働き、刀の使いぶりが、彼の眼に見て取れたからであろう。
「うむ、いかにも土方だ」
「卑怯《ひきょう》な! なぜ尋常に来ぬ、暗討ちとは卑怯な」
「黙れ黙れ、これが貴様の当然受くべき運命だ!」
勢い込んだ一太刀が、芹沢の右の肩。
「むー」
これは今までの傷のなかでいちばん深かった。芹沢はついに刀を持つに堪えなくなった。
「エイ!」
左から来た沖田総司の一刀は、横に額から鼻の上まで撫《な》でる。
「おう――」
芹沢は※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と倒れた、土方歳三は直ぐにそれにのしかかる。
「残念!」
芹沢は土方に刃《やいば》を咽喉《のど》にあてがわれた時に叫ぶ。
「土方待て」
近藤勇は進んで来て、
「芹沢、拙者《おれ》がわかるか、拙者は近藤じゃ、恨《うら》むならこの近藤を恨め!」
「おのれ近藤勇!」
恨みの一言《ひとこと》を名残《なご》り、土方歳三はズプリと、芹沢の咽喉を刺し透《とお》してしまった
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