それにのしかかると見れば、屏風の上から蜂の巣のように、続けざまに下なる芹沢めがけて柄《つか》も拳《こぶし》も通れ通れと突き立てる。
「わーッ、何者だ、無礼者め!」
 芹沢鴨は絶叫しつつ、片手を枕元の刀にかけながら屏風を刎《は》ね返そうとする。
「助けて下さい――」
 お梅は苦叫悶叫《くきょうもんきょう》。
 快楽《けらく》の夢を結んだ床は血の地獄と変る。芹沢は股、腕、腹に数カ所の深傷《ふかで》を負うたがそれでも屈しなかった。力を極めてとうとう屏風を刎ね返して枕元の刀を抜いて立った。
 芹沢といえども剽悍無比《ひょうかんむひ》なる新撰組の頭《かしら》とまで立てられた男である、まして手負猪《ておいじし》の荒れ方である。敵は誰ともわからぬが、相手はそんなに多数ではない。土方、沖田、藤堂の三人をめがけて切り込む太刀の烈しいこと、それをまた三人が飛鳥の如く、前に飛び後ろにすさって突き立て斬り立てるめざましさ、ことに土方歳三は小兵《こひょう》であって、その働き自在。
 小栄は飛び起きて厠《かわや》の中へ逃げ込む。平間重助と糸里は最初、夜具の上から一刀ずつ刺されたけれども幸いに身に当らず、この室を逃
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