助|仕込《じこ》みの腕である。隊の中で試合をしても、井村や溝部では歯が立たぬ。で、抜き合わせようとするのも半ば行きがかりの虚勢。兵馬は、つめ寄せた二人を見つめながら、
「そう喧嘩腰《けんかごし》で出られては困る、君に覚えがなければ、何と言われても腹の立つことはないではないか。拙者も君の言うたことにつき合うて用もないこの座敷へわざわざ出て来たのだから、君も拙者の問いに答えてもらいたい、相見互《あいみたが》いじゃ」
「粕理窟《かすりくつ》を言う場合でないぞ、二言《にごん》と盗賊呼ばわりをなさば、それこそ容赦《ようしゃ》はない。そのほかに聞きたいとは何だ」
「うむ、右の菱屋の――待て、盗賊の件ではない、菱屋太兵衛の女房お梅と申すものの行方《ゆくえ》を、もしや君が知ってはおらんか」
「菱屋の女房がどうしたと?」
「行方知れずになった」
「それが、どうした」
「その行方を、もし君が知っておらんかと――」
「何を知るものか」
井村は、※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》いで振り捨てるように首を振る。
「主人の太兵衛が申すには、取調べの筋があって南部屋敷へ二度まで呼ばれて、二度目から今以て帰らんと言う、不思議ではないか」
「それがどうしたというのだ、それをなんで拙者に問いただす廉《かど》がある」
井村は擬勢《ぎせい》を張って、兵馬の問いをいちいち刎《は》ね返そうとしているらしいが、不安の念は言葉づかいの乱れゆくのでわかるのです。
「なら、君は、そのことについて一切知らんのか」
「無論じゃ」
「そう君が強情《ごうじょう》を張るならば、こっちにも覚悟があるぞ」
「覚悟とは何だ」
「君のその手の傷に物を言わせる」
「ナニ!」
「その傷を発《あば》いたら口があくはずじゃ、それがいやならば、ただ一言《ひとこと》、太兵衛女房の在所《ありか》を知らせてくれ、それだけでよい」
「知らんというに」
「あくまで強情を張るか」
「腕にかけてもだ」
「しからば、拙者は貴様を斬るぞ」
兵馬は刀を引き寄せる、井村、溝部は抜こうとする。
「溝部君」
兵馬は、溝部の方を見て、
「君は新参だから、このことには関係がない、そこに黙って見ているがよい。しかし、強《し》いて加勢をするつもりならば、拙者は、真先に君を斬るがどうだ」
兵馬は凜《りん》として溝部に宣告を下す。溝部はその後、井村の紹介
前へ
次へ
全61ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング