手は利《き》いていたはずだが」
「佐々木も速見も聞ゆる使い手じゃ、多勢で不意をやられてはたまるまい」
「うむ――そうすると新徴組は瓦解《こわれ》たか」
「壊《こわ》れはせぬ、二つに割れた。最初、江戸から京都《こちら》へ上ったのは総勢二百五十人、それは大方、今いう清川が手で江戸へ帰って、残るは芹沢と近藤を頭に十四人」
「うむ、僅か十四人――」
「それが中堅となって、新たに新撰組というのを立てた、もとの新徴組の返り新参もある、諸国から腕節《うでぶし》の利く奴も集まる、壬生《みぶ》の南部屋敷に本営を置いて、芹沢鴨と近藤勇を隊長に、土方歳三と、新見錦山と南敬助とが副将じゃ」
「そうか」
「拙者もこんな風《なり》をして、浪人どもの捜索と、腕の利いた同志を探しに歩いている。よい所で行き逢った、早速壬生へ行こう」
「待て、待て」
 竜之助は、直ちに壬生へ走《は》せつけることについて、多少考えねばならぬことがある。
「芹沢と近藤との間柄はどうじゃ、二人とも無事に組んでいけるかな」
 竜之助に言われて、山崎は眉根《まゆね》を寄せ、眼を光らかして、
「それだそれだ、そこの雲行きが危ないて」
「危ない?」
「どのみち、雨となるか風となるか、組の中にも芹沢派と近藤派とは、油と水じゃ。困ったものじゃて」
「生国《しょうごく》から言えば同じ武蔵、拙者は近藤派によしみが深い、しかし、芹沢には義理がある」
 竜之助は思案の体《てい》です。
「うむ、拙者も生国は水戸じゃ。芹沢とは同国なれども、人物は近藤が一段上と思う」
 山崎は、新撰組両隊長の器量を一寸《ちょっと》ばかり比べてみて、
「どうも、近藤派の方が、人望があるようじゃ、芹沢は乱暴でいかん、近藤は目先が見える、芹沢は人に嫌われる、近藤は人に怖れられる……ゆくゆく新撰組は近藤のものであろう、なりゆきに任せて、拙者は黙って見ている」
 芹沢鴨は水戸の天狗党の一人です。芹沢鴨とは変名で、実は木村|継次《つぐじ》という。同じ水戸の山崎が見て、団扇《うちわ》を近藤に上げるところより見れば、双方の相違がおのずからわかるとも言える。
「いずれにしても、拙者は、これより壬生へ行くことは見合わせ、ほどよき宿をとって、ひそかに芹沢と会いたい、そうして身の振り方をきめる」
「そうか、まあゆっくり都見物でもするがよい、隊へ入ると気が忙しくなる」
「芹沢に、拙者が上っ
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